トロフィー、と一口に言っても、形からして、昔と今ではイメージが違います。昔はトロフィーといえば、金色のカップが台座に乗ったデザイン、或いは、4本柱のタワーのような形が主流で、リボンがたくさんついてて、と、誰の頭にも固定イメージのあるものでした。しかし近年は、必ずしも、誰もが同一の形を思い浮かべるとは限りません。デザイン的で、その賞をイメージするデザインも多く、金属だけでなくクリスタル素材のものも、珍しい存在ではなくなってきました。その形を変えてきたのは、技術と共に新しいものに進化してきたから、とも言えるでしょうが、おくられる場面が昔より大きな舞台に限定され、また、その舞台の分野も多様化したために、より記念になるものが求められたから、とも考えられます。一方で、トロフィーは個人にとって、その形のイメージだけでなく存在も、身近ではなくなってきました。昭和の高度成長期では、会社の交流スポーツ大会などでも送られ、個人でも身近で、所有していることも珍しくなかったですが、近年は、毎年恒例で使いまわすようなものでもなければ、なかなか身近でない存在になってしまいました。長引く不況で、大会を開く余裕すらないことが多いのでしょう。再び個人にも身近になった時、それは、日本が不況をようやく脱した時、と言えるかもしれません。

一つのトロフィーを目指す理由

たった一つの栄光のシンボル、トロフィーを目指すには、大きな理由があります。そこに到達した時点で、その人の今までの努力は報われる事になるでしょう。そう言った意味でも、全ての参加者達はその栄光を求めて、そこに向かおうとするのです。やはり人間は、何かしらの目標を常に持っている事が必要です。それによって、間違いなくそこに近づいて行く事が出来るし、努力次第では本当にそこに到達する事が出来る様になります。もちろん、途中で諦めてしまっては駄目なので、最後まで全力を出す必要があるでしょう。その全力を出すというのがポイントで、結果を考えずにがむしゃらになった頑張ると言う、その姿勢こそが大事だったりするのです。何事もポジティブに、前向きな考え方で取り組もうとする事により、結果として最高のものを生む事が出来る様になります。トロフィーはその指標であり、これに向かって努力を続け、実際に手にしたときの自分を強く想像する事によって、本当にその位置にまっすぐと向かう事が出来るのです。トロフィーを一度手にすれば、実際に手に入れたという経験そのものが、本人を誰よりも強くしてくれます。そう考えると尚更、手にしたくなる代物です。